大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和45年(オ)76号 判決

上告人

伊藤重宏

代理人

大石力

被上告人

遠藤金次郎

井沢光

代理人

後藤紀

主文

原判決を破棄する。

本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人大石力の上告理由について。

一、上告人は、昭和四一年七月一八日被上告人遠藤から被上告人らの共有にかかる愛知県北設楽郡東栄町大字足込字大沢三〇番山林19,933.88平方メートルおよび同所三一番山林3,570.24平方メートルの二筆(以下本件山林という。)の地内の立木を代金五〇〇万円で買い受け、即日右代金を支払い、右買受立木を伐採搬出していた。しかるところ、訴外井沢俊夫において、被上告人井沢を相手として、本件山林は同被上告人所有のものではなく、自己の所有に属するものとして、名古屋地方裁判所豊橋支部に対し山林、立木、伐倒木の執行官保管および立木伐採、搬出禁止等の仮処分の申請をして、右申請どおりの仮処分決定をえ、右決定に基づき右井沢俊夫から執行委任を受けた名古屋地方裁判所執行官は、本件山林ならびに山林内の立木および伐倒木をその占有に移し、処分を禁止する旨公示した。

原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)は、以上の事実は当事者間に争いのない事実であるとしたうえ、次のように認定した。すなわち、

上告人は、本件売買契約の売主は被上告人ら両名であり、前記仮処分の執行により、立木を伐採、搬出することができなくなつたうえ、伐採造材された素材約六〇〇石が換価され、右売買契約における売主の義務が履行不能となつた結果損害を被つた旨主張するに対し、原判決は、契約当事者および損害の点はさておいて、本件売買の売主に履行不能が存するか否かについて考察するとして、売買契約における売主は、買主に対して目的物を引き渡し、買主をしてこれを完全に享受させるために必要な一切の行為をしなければならない義務を負うことは明らかであるが、立木登記をしていない立木の売買においては、買主は目的たる立木の引渡しを受ければ、これを伐採してその利益を完全に享受することも、また、売主の協力なしに明認方法を施すこともできるのであるから、その売主の義務は、買主に対し目的たる立木を引き渡すことをもつて終了するものというべきであるとし、本件においては、被上告人遠藤は、本件売買契約締結の日である昭和四一年七月一八日上告人の補助者を本件山林へ案内して売買の目的物である立木一切を上告人に引き渡し、上告人は、引渡しを受けた立木の大部分を前記仮処分の執行以前に伐採し終わつていたのであるから、その後仮行分の執行により、上告人において買受立木の伐採搬出をすることが不能となつたとしても、これをもつて、本件売買契約の売主に債務不履行が存するものとすることはできず、したがつて、売主の債務不履行を原因とする上告人の損害賠償請求の主張は採用することができない旨認定判断した。

二、ところで、本件山林立木の売買が伐採を目的とするものであることは、原審の確定した事実関係に照らしてこれをうかがいうるのであるが、立木の売買契約の目的がその立木の伐採にある場合には、通常は、伐採後引きつづいて伐採した立木の造材および造材された素材の搬出が行なわれるのであるから、このため、売主としては、買主に対し、目的たる立木を引き渡すことをもつてその義務の履行が終わつたものと解すべきではなく、さらに、期間の約定がある場合にはその期間、また、期間の約定がない場合においても、右伐採、造材、搬出に必要な相当の期間、買主をして当該山林敷地を使用させる売買契約上の義務を負担するものと解するのを相当とする。そうであるとすれば、本件山林立木の売買契約については、当事者間に伐採、造材、搬出のための期間の約定が存したかどうか、右約定がなかつたとすれば、売買の対象となつた立木の伐採、造材、搬出に必要な相当の期間が経過したものであるかどうかを確定し、もつて売主の売買契約上の義務の履行が終わつたものであるか否かを判断しなければならないにもかかわらず、原判決が漫然と売主の義務は買主に対して目的たる立木を引き渡すことをもつて終了したものである旨判断したのは、民法五五五条の解釈適用を誤るものであり、この点に関する論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、さらに右の諸事実および本件売買契約の当事者について審理判断させるため、本件を原審に差し戻すこととする。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判所全員の一致で、主文のとおり判決する。(下村三郎 田中二郎 関根小郷 天野武一 坂本吉勝)

上告代理人大石力の上告理由

原判決は判決に影響を及ぼすこと明なる法律の解釈を誤りたる違背ありかつ大審院判例に相反している。又理由に齟齬もある。

一、材木商である上告人は昭和四一年七月一八日被上告人らからその共有被上告人遠藤の持分は三分の一、被上告人井沢の持分は三分の二にかかる本件山林二筆の地内の立木全部を代金五〇〇万円で買受け即日右代金を支払い右買受立木を伐採搬出していた処訴外井沢俊夫において被上告人井沢を相手として実質上(登記簿上は被上告人ら共有名義たりしものが仮処分決定当時被上告人井沢光の単独所有名義となつていた)右訴外人の所有に属するものとして名古屋地方裁判所豊橋支部に対し立木伐採禁止伐倒木搬出禁止の仮処分の申請をなし、その決定を受けて昭和四一年九月二八日仮処分執行なされ、同裁判所執行官白井敏雄は本件山林中に在つた伐倒木は同執行官の占有に移した物件なることを公示し(甲第七号証)かつ別に被上告人井沢光は本件山林に立入りその地上に存する一切の立木を伐採搬出及び伐倒木の搬出をしてはならないことを公示した。(甲第八号証)そして昭和四二年七月一三日同裁判所執行官秦貞雄は右執行官占有中の伐倒木を競売法に従い競売に付して換価処分した事案である。

原判決は、その理由において「前記井沢俊夫のなした仮処分執行により、その後被控訴人(上告人)において買受立木の伐採搬出をなすことが不能となつたことは明白である」と認定している。

しかるに、原判決理由は「売主は買主に対し目的物を引渡し、買主をしてこれを完全に享受させるために必要な一切の行為をしなければならない義務を負うことは明らかであるが」と判示しながら、立木売買の性質を誤解し「継続的契約関係に非ざる売買の売主が一たん右義務の履行を終了した場合においてその後新たに発生する買主の利益享受を妨げる事実の排除についてまで義務を負うものと解することはできない。すなわち、立木登記のしてない立木の売買において買主は目的たる立木の引渡を受ければ、これを伐採してその利益を完全に享受することも、また売主の協力なしに明認方法を施こすこともできるのであるから、その売主の義務は買主に対し目的たる立木を引渡すことをもつて終了するものというべきである。前記井沢俊夫のなした仮処分執行により、その後被控訴人(上告人)において買受立木の伐採搬出をなすことが不能となつたことは明白であるが、右は本件売買の売主に債務不履行が存するからではなく、売主の債務の履行終了後において井沢俊夫の仮処分執行という新たな事実が発生したことに基因するものというべきである。したがつて、売主の債務不履行を原因とする被控訴人(上告人)の損害賠償請求の主張は採用することができない」と誤つた判断をしている。これは事実の誤認でなく法の解釈の違背である。原判決は立木の売買の売主の義務は買主に対し目的たる立木を引渡すことをもつて終了するもので、継続的契約関係に非ざる売買であるとの判断を前提としているのであるが、これは全く立木の売買の性質を誤解したものである。

上告人は本件山林の立木を甲第一号証(売買契約書)に買主〈広伊藤材木店とある通り材木商として買受けたもので、上告人は該立木を伐採、加工、搬出して販売する目的で買受けたものである。現に上告人は該立木を買受契約をした同日(昭和四一年七月一八日)訴外株式会社玉木材木店に対し本件山林の立木を伐採し加工した杉、檜の素材を搬出時期を同年八月下旬より一〇月末日迄と定めて販売契約(甲第六号証)している。

本件の場合の如く伐採の目的をもつてする立木の売買につき当該土地の所有権が売主に属する場合においては、売主たる被上告人は該立木の伐採、加工、搬出のために買主たる上告人をして該土地を使用せしむべき債務を当然負担するものである。そしてこの土地を使用せしむべき売主の債務は伐採、加工、搬出につき特に期限の定めなき場合は買主が伐採、加工、搬出を終了する迄継続するものである。しからば立木の売買の目的を達することはできぬ。この立木の売主たる山林所有者の立木の買主をして土地を使用せしむべき債務は立木売買契約の内容を組成する売主の債務に属する。

しかるに本件の場合当事者間の立木売買契約にもとづき上告人が該立木の伐採、加工、搬出の中途において、訴外井沢俊夫申請に係る仮処分の執行により被上告人井沢光は本件二筆の「山林に立入りその地上に存する一切の立木を伐採搬出及び伐倒木の搬出をしてはならない」と公示され、かつ伐倒木は執行官の占有に移されたのである。

右仮処分執行まで上告人が立木売買契約の履行として本件山林に立入りその士地を使用して立木の伐採、加工、搬出に従事していたのは、該山林所有者たる被上告人が、該土地を使用せしむる債務を履行していたからである。しかるに右仮処分の執行により右被上告人が本件山林に立入ることを禁止せられその土地の使用権の行使を禁ぜられたので、従て立木の買主たる上告人に対し本件山林の土地を使用せしむることができなくなり右被上告人に土地使用権の存在することを前提として、その使用を認められていた関係の上告人は本件山林に立入りこれを使用することができなくなつた。即ち立木の買主たる上告人が買受けた立木を伐採、加工、搬出を終了するまで該山林の土地を上告人に使用せしむる債務を継続して負担する被上告人井沢光は右作業終了前に右仮処分執行により、その債務を履行することができなくなつた場合右被上告人は適当なる方法の下にその障害を排除すべき義務を当然負担すべきである。

本件の場合右障害排除する最も適当にして容易なる方法は仮処分の被申請人たる被上告人井沢光は、民事訴訟法第七五九条により特別事情を理由として仮処分の取消を求め立木売買に関する債務を履行すべきであつた。この点について立木伐採禁止仮処分と特別事情に関し昭和一四年五月一二日大審院第三民事部において昭和一三年(オ)第二一五二号仮処分取消申請事件について言渡された左記判決を採用する。

「立木ヲ伐採スルモ結局財産上ノ損害ヲ受ケルニ過ギザルモノナルガ故ニ立木伐採禁止仮処分ヲ以テ保全セラルベキ権利ハ金銭的補償ヲ得ルニヨリソノ結局ノ目的ヲ達シ得ベキモノトス」

要するに所有権の存否の実体問題に触れず保証を立てしめて仮処分は取消されたのである。

ところが、被上告人らは訴外井沢俊夫より仮処分執行を受け上告人に対し立木の売主としての債務を遅滞したまま適切な方法を講ずべき義務を果さず約十カ月を徒過し、この被上告人の懈怠により遂に執行官の占有に移されていた伐倒木全部を競売法により競売されるに至りここにおいて当事者間の立木売買は履行不能となつた。これに因り被つた上告人の損害を被上告人らが賠償すべきは当然である。

しかるに、原判決は伐採を目的とする立木の売買の法律上の性質を誤解し、売主の一人が山林内の売買の目的たる立木の所在範囲を案内したことを以て引渡を了したのだから売主の債務はそれのみで免れるという誤つた解釈であつて、売約した立木を売主をして伐採せしめ素材となし山林内から搬出せしむる債務を負い、この為に該山林の土地を買主に使用せしむべき債務を負担することを無視した判断である。

又右原判決の理由における法の誤つた解釈は後記大審院の判例に相反する。

(1) 大審院民事二部において昭和二年一二月六日昭和二年(オ)第一〇七三号事件について言渡した左の判決

「伐採ノ目的ヲ以テスル立木ノ売買ニ付当該土地の所有権カ売主ニ属スル場合ニ於テハ売主ハ該立木ノ伐採、加工、搬出ノ為ニ買主ヲシテ該土地ヲ使用セシムヘキ債務ヲ負担スルモノニシテ該債務ハ立木ノ売買契約ノ内容ヲ組成スル売主ノ債務ニ属スルコト明ナリ」

(2) 大審院民事三部において大正四年二月一七日大正三年(オ)第八〇号事件について言渡した左の判決

「抑当事者ノ法律行為ニ因リ有償ニテ所有権、地上権其他ノ財産権ヲ譲渡スル場合ニ於テハ譲渡人ハ譲渡ノ目的タル財産権ヲ譲受人ニ移転スルノミヲ以テ足レリトセス、譲受人ヲシテ其財産権ノ主体トシテ完全ニ目的物ノ支配ヲ為スコトヲ得セシメル義務カアル」

原判決の理由にある「売主は買主に対し目的物を引渡し、買主をしてこれを完全に享受させるために必要な一切の行為をしなければならない義務を負うことは明らかであるが」との判示の趣旨が若し(2)の判例と同趣旨とせば、その原判決後段の判断即ち立木売買の売主義務は買主に対し目的たる立木を引渡すことをもつて終了するものというべきであると解釈した判断は民事訴訟法第三九五条第六号の理由に齟齬ある場合にも該当する。

尚上告人の主張は当時本件山林の共有者たりし被上告人両名から立木を買約したことを主張し甲第一号証(被上告人遠藤の書いた売渡契約書)を書証に供している。しかるに原判決理由において当事者間に争いがない事実中に「控訴人遠藤から控訴人らの共有」山林地内の立木を買受けた旨を挙げているこれは審理不尽理由不備による重大な誤認である。

けれども原判決は「契約当事者および損害の点はさて措き」として「本件売買の売主に履行不能が存するか否かにつき考察された判断であるから上告人は重点を山林所有者が材木商人との間になした立木の売買の性質と売主の債務関係におき、特にこの場合売主が買主を山林に案内し売買の目的物たる立木を指示すれば引渡を了したとしてその瞬間に売主の債務は全部消滅し、その後売主に関する事由により買主がその山林に立入り立木の伐採、加工、搬出ができない障害が生じても売主は何等関知せざるもので買主に対し何等責任なきものであるという原判決の法的解釈が、立木売買の性質に対する解釈として、信義誠実の原則上、社会の取引通念上果して相当であるか否を論究し原判決は法に違背し大審院判例にも相反するものであることが明なりと確信し原判決の破毀を求める次第である。              以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例